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2009年6月14日 (日)

追悼:三沢光晴さん

今日のスポーツ各紙の一面は、いずれも同じニュースとなっています。一般紙も取り上げているのでご存知の方も多いでしょう。そう、「プロレスラー・三沢光晴さん急死」です。

詳細:
http://www.sponichi.co.jp/battle/news/2009/06/14/01.html

試合中の事故で急死したレスラーは過去にも数名居ますが、スターではなかったため、あまり大きなニュースにはなりませんでした。今回は人気・実力ともにトップクラスの選手が亡くなったために大きく報道されたのです。
各紙で報道されている通り、三沢さんは1981年に全日本プロレスに入門。84年から二代目タイガーマスクとして人気を博しました。90年に素顔に戻り、以降はジャンボ鶴田(故人)に変わる全日本のエースとして大活躍。99年にはジャイアント馬場社長の逝去に伴い、全日本の社長に就任。レスラーと経営者の二足の草鞋をはくことになります。
その三沢さんに転機が訪れたのは2000年。当時の全日本の経営陣と対立し、三沢さんを慕うレスラー・スタッフと共に全日本を離脱、新たな団体「NOAH」を旗揚げします。
「NOAH」旗揚げ後もレスラー・経営者の二足の草鞋をはき続け、「NOAH」を牽引していきました。最近は長年のレスラー生活で蓄積されたダメージと、経営者としての重圧に翻弄されていたようです。その結果が今回の残念なニュースとなってしまったのでしょうか…。

私がプロレスに興味を持ち始めたのは小学4年生の時です。ちょうど三沢さんが全日本のエースとなる一年前ぐらいだったと記憶しています。当時はまだジャンボ鶴田がエースであり、三沢さんは鶴田と名勝負を繰り広げていました。
その後、プロレスへの興味が薄れていくにつれて、三沢さんの試合を観る機会がまったくなくなり、「NOAH」旗揚げ後の試合は一切観ていません。今思えば、最低でも一試合ぐらいはきちんと観ておけばよかったと後悔していますweep

三沢さんは今頃、天国で馬場さん、鶴田さんから怒られているのではないでしょうか。「おまえがこっち(天国)に来るのは、まだ早い!」と。何しろまだ46歳の若さです。まだまだ現役で働ける年齢でした。

改めて三沢さんのご冥福をお祈りしたいと思います。合掌

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コメント

夕べ意識不明の一報が入ってから
ずっと徹夜で情報収集しておりました。
無事に回復してくれることを祈っていたのですが。

三沢さんが二代目タイガーマスクとしてご活躍の時は
僕はまだ学生でした。
三沢タイガーのデビュー戦は今でも鮮明に覚えています。
ジュニア選手としては大柄でしたが、
初代タイガーに負けないくらいのスピードとテクニックでした。

近頃は投げっ放しジャーマンとか、
今回のような急角度からのバックドロップなど、
いつ事故が起きても不思議なくらい
技がエスカレートしてますね。

以前同じように亡くなられたプラム麻里子さんの教訓が
生かされなかったのは残念です。
プロレスラーは絶対に相手にケガをさせてはいけません。
相手選手はかなり以前から危険な技をやってたみたいですね。
なんだかなあ・・・。

投稿: よっぴー | 2009年6月14日 (日) 17時53分

>よっぴーさん
平成に入ってから、危険な技が多くなりましたね。
全身不随になったり、頭蓋骨を骨折したりといったふうに死亡に繋がらなくても、重大な事故になったことは多数ありました。

よっぴーさんのおっしゃる通り、過去の教訓が生かされなかったのでしょう。
相手の選手はこれから大バッシングを受けそうですね。しばらく表舞台に出られないかも…。

投稿: てつ | 2009年6月14日 (日) 20時30分

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