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2010年11月28日 (日)

また昭和の名レスラーが逝く

また一人、昭和時代を彩ったプロレスラーが逝ってしまいました。

「ヤマハ・ブラザーズ」星野勘太郎さん逝く 67歳

http://www.sponichi.co.jp/battle/news/2010/11/28/03.html

小柄な体型と水色のタイツが印象的だった星野さん。その外見とは裏腹に血気盛んなファイトを展開し、多くのプロレスファンをうならせました。
星野さんは1961年に日本プロレスに入門。67年に山本小鉄さんと名コンビ「ヤマハ・ブラザーズ」を結成し、人気を博しました。74年に新日本プロレスに移籍した後も人気は衰えませんでした。
80年に小鉄さんが現役引退された後も、リング上を暴れまわり、とりわけ86年に勃発した旧U.W.F.勢との抗争では、U.W.F.のエースである前田日明に真っ向から挑んでいたことはプロレスファンの記憶に残っていると思います。ただ、この抗争が終わった後は、すっかり影が薄くなってしまった感が否めないですが…。
そして、95年に引退。引退後はプロモーターとして活動していましたが、2002年に「魔界倶楽部」の総裁として再び新日本に戻ってきました。このように新日本に多大な功績を遺したのであります。後日、新日本はお別れの会を開くと発表しています。

私がプロレスを見始めた頃の星野さんはすでに第一線から完全に身を引いており、ほとんど試合に出ていませんでした。昔のプロレス映像を見て、「誰?この青いパンツをはいてるレスラーは?」と思ったものです。後になって、まだ現役だったことを知り、びっくりしました。
前述のように星野さんは95年に引退しているのですが、この時はプロレスから遠ざかっていたため、引退されていたのを知りませんでした。引退されたことを知ったのもだいぶ後になってからでした。

今年8月に盟友である小鉄さんが亡くなり、星野さんも後を追いました。同じ年にヤマハ・ブラザーズが二人とも亡くなったことに、何やら運命というものを感じますね…。

星野さんのご冥福を心よりお祈りいたします。合掌

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