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2013年6月 3日 (月)

雲仙・普賢岳の大火砕流から22年が経過

1991年に発生した雲仙・普賢岳の大火砕流から今日で22年が経過し、被災地の長崎県島原市で二十三回忌法要が行われました。

詳細:
http://mainichi.jp/select/news/20130604k0000m040064000c.html

この火砕流による被害状況を簡単に振り返ってみます(詳細はこちら)。
前年の90年11月に噴火した普賢岳は、大小の火砕流を繰り返しましたが、特に人的被害が大きかったのが22年前の今日に発生した火砕流でした。
当時、普賢岳を巡って、報道陣は過熱な取材を繰り広げていました。この日発生した火砕流は絶好の取材対象です。そのため、少しでも近くで撮影しようと躍起になった報道関係者は避難勧告を無視して、立ち入り禁止区域に入りました。そして、火砕流の犠牲となりました。
が、もっとも悲惨だったのは報道関係者たちが避難勧告を無視し、立ち入り禁止区域内に入ったために、やむを得ずその場に留まり、犠牲となった警察官、消防団員、タクシー運転手でした。もし報道関係者が勧告に従って避難していれば、彼らは犠牲とならなかったでしょう。
もう二度と放送はされないでしょうが、当時の報道番組で火砕流に巻き込まれ、顔も身体もめちゃくちゃになった消防団員の姿が映し出されたことがあります。言葉は悪いですが、その姿はまるでホラー映画に出てくるゾンビのようなもので、それを見た時は大きな衝撃を受けました。当時9歳の私にとって、その衝撃的な姿は一瞬にして目に焼き付いてしまい、今も忘れることはできません。
改めて、犠牲となった方々へのご冥福をお祈りいたします。

ここ数年間に日本にて発生している自然災害は地震や台風が多く、火山の噴火はあまりないですが、これも大きな被害をもたらす自然災害であります。
もし今どこかの火山が噴火しても、普賢岳の教訓が生かされるはずと信じています。

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