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2016年4月22日 (金)

危篤を脱出した父

今月17日以来、当ブログの更新が途絶えておりました。
その理由ですが、実は16日より故郷の北海道に帰省していました。帰省していたのは、昨年12月に難病を患っていることが発覚した父親を見舞うためでした。
当初、帰省は16日から18日までの3日間の予定でした。ところが最終日の18日の午後3時半頃、突如容態が急変。危篤状態となったのです。
その時、私は飛行機に乗るため、新千歳空港に向かっている最中でした。新千歳駅空港に到着した瞬間、まるでタイミングを見計らったように携帯電話が着信。出てみると、相手は父の主治医の先生でした。「とても危険な状態だから戻ってきた方がよい」。その言葉を聞いて、即座に電車に飛び乗り、父の入院する病院へ向かったのです。
知らせを受けてから約2時間後の午後6時、病院に到着。そこで対面した父は、意識がない状態。それだけでもショックなのに、医師から聞いた「今の状態は危篤である」の言葉…もはや絶望感しかありませんでした。
その日は母が病院に宿泊し、看病することになりました。私はひとまず帰宅し、布団の中に入りましたがとても熟睡できず、翌朝を迎えました。
そして昼過ぎに再び病院へ。その日は私が病院に泊まりました。その夕方あたりから、徐々に父の容態は良くなっていたのです。こちらから言葉を掛ければ、反応するし、向こうから話しかけることもできるようになりました。
その翌朝、容態は更に良くなりました。「まだ食事はできないのか?」、「喉が渇いたからコーヒーを買ってきてくれ」などと言ったり、こちらの冗談に軽く突っ込めるほど(例:「仕事辞めて芸人になろうかなー」→「バカヤロ。何考えてるんだ!」)にまでなったのです。
つまり一応の危機は脱出したのでした。そのため、緊急入院から3日経った21日に私は大阪に戻ってきました。
今も完全に安心できるわけではありませんが、少なくとも入院した時よりもはるかに良い状態です。むしろ入院する直前の時より元気であるとも言えます。
ちなみに私が大阪に戻った21日には父の姉である伯母が見舞いに訪れています。その時の様子は残念ながら直に見れませんでしたが、母によると「ずっとニコニコしていた」とのこと。ホッとしたのは言うまでもありません。

あくまで予測にすぎませんが危篤状態を脱出できたのは、父の妹で若くして亡くなった叔母があの世から押し返してくれたのでは?と思っています。叔母は父をとても慕っており、その関係から甥である私を大層可愛がってくれました。
そうした経緯から、あの世に行きかけた父を叔母が「まだこっち(あの世)に来たらダメ!」と押し返したとしても不思議ではないです。
もしこの予測が当たっていたら、「叔母さん、ありがとう!」とお礼を言わなければなりませんね。ぜひそうであってほしいです。

故郷から離れたところに居る関係で、すぐに行くことは厳しいですが、今後も時間を見つけて帰省とお見舞いを続けていきます。せっかく奇跡が起きたんだからhappy01

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コメント

ひとまず危機を脱したようで何よりです。
お疲れ様でした。

投稿: ひで | 2016年4月24日 (日) 21時28分

>ひでさん
入院してから、今日でちょうど一週間経ちましたが、ずっと小康状態です。
奇跡的ですね。本当に。

投稿: てつ | 2016年4月25日 (月) 22時44分

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